こんにちは。歴史好きアラフォー手前のタケッチです。
タケッチの歴史ブログ
基本的には学校の授業で習った、教科書にのっている人物を取り上げます。
歴史良く分からないよ。という初心者さん向けに記事を書きますので
楽しみながら読んでくださいね。
今回は足利義満です。
足利義満と言うと金閣寺のイメージがありますよね。
補足ですが正しくは鹿苑寺(ろくおんじ)と言います。
鹿苑寺は京都市北区にある臨済宗相国寺派のお寺で、
建物の内外に金箔を貼った3層の楼閣建築である舎利殿を金閣(きんかく)、
舎利殿を含めた寺院全体を金閣寺(きんかくじ)と言います。
ちなみに小さい時から将来将軍になるための勉強をしていた足利義満ですが
実はこの足利義満が将軍になったのは、なんと10歳のころ。
お父さんの足利義詮(あしかが よしあきら)が病気で亡くなってしまったため
息子の足利義満は10歳で後を継ぎ、3代将軍となったのです。凄いですね。
足利義満って何した人?
足利義満は足利尊氏の時代から60年近く続いた南北朝の動乱を終わらせます。
また、お隣の明という大国(今の中国)との貿易を行いました。
この貿易を勘合貿易と言います。
勘合貿易とは以下のような貿易です。
おかげで、足利義満はお金持ちになります。
そしてそのお金で足利義満は、キラキラと金色に輝く金閣寺を建てたんですね。
その後、足利義満は、49歳で亡くなりましたが
足利義満が将軍だった時代が、室町時代で一番栄えていた時代だと言われています。
ちなみに、この足利義満は、アニメ「一休さん」の「将軍さま」でもあります。
一休さんと言えば屏風のトラの絵を縄で縛るシーンが有名ですよね。
以上、足利義満について簡単に紹介しました。
今回もお付き合い下さりありがとうございます。
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足利義満と言うと金閣寺のイメージがありますよね。
補足ですが正しくは鹿苑寺(ろくおんじ)と言います。
鹿苑寺は京都市北区にある臨済宗相国寺派のお寺で、
建物の内外に金箔を貼った3層の楼閣建築である舎利殿を金閣(きんかく)、
舎利殿を含めた寺院全体を金閣寺(きんかくじ)と言います。
ちなみに小さい時から将来将軍になるための勉強をしていた足利義満ですが
実はこの足利義満が将軍になったのは、なんと10歳のころ。
お父さんの足利義詮(あしかが よしあきら)が病気で亡くなってしまったため
息子の足利義満は10歳で後を継ぎ、3代将軍となったのです。凄いですね。
足利義満って何した人?
足利義満は足利尊氏の時代から60年近く続いた南北朝の動乱を終わらせます。
また、お隣の明という大国(今の中国)との貿易を行いました。
この貿易を勘合貿易と言います。
勘合貿易とは以下のような貿易です。
- 1 縦長のお札の真ん中に縦に文字を書きます。
- 2 そのお札を真っ二つに割ります。
- 3 明と日本で、それぞれ割ったお札を持ちます。
- 4 明が持っている札の片割れと、
日本の片割れを合体させてニセモノかどうかを判別します。
おかげで、足利義満はお金持ちになります。
そしてそのお金で足利義満は、キラキラと金色に輝く金閣寺を建てたんですね。
その後、足利義満は、49歳で亡くなりましたが
足利義満が将軍だった時代が、室町時代で一番栄えていた時代だと言われています。
ちなみに、この足利義満は、アニメ「一休さん」の「将軍さま」でもあります。
一休さんと言えば屏風のトラの絵を縄で縛るシーンが有名ですよね。
以上、足利義満について簡単に紹介しました。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
それでは次回のタケッチの簡単な歴史ブログをお楽しみに
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